食品のグローバルサプライチェーンを支える商社として、調達・開発・販売を一貫して手がけるヴォークス・トレーディング(VOX)。食品商社の域を超え、農園や工場を立ち上げて運営し、そこで使用する設備の選定までも行うビジネスモデル“フード・エンジニアリング”を強みとしています。
そんなVOXでオーガニックスパイス・ハーブブランド「VOXSPICE」を担当している末次唯さんは、産地を訪問して畑や工場の様子をSNSで発信したり、スパイスの楽しさを伝えるワークショップを開催したりと、プロジェクトを自ら企画しながら新たな挑戦を続けています。
世界を飛び回り、グローバルに活躍する末次さんに、スパイスへの情熱や、プロジェクトの裏側についてお話を伺いました。
目次
▶株式会社ヴォークス・トレーディング(VOX)とは?
世界を舞台にしたフード・エンジニアリング商社。自社農園での栽培や契約農家からの調達、自社工場やパートナー工場での製造加工、そしてヴォークス・トレーディンググループでの輸出入・販売と、栽培・調達から販売までを自社で一元管理している。香辛料、冷凍果実・野菜、加工品や冷凍調理食品等を食品メーカー、外食・中食、問屋等、幅広い取引先に供給する。
株式会社ヴォークス・トレーディング 末次 唯(すえつぐ ゆい)
2020年株式会社ヴォークス・トレーディング入社。
業務用製品がメインである同社において、小売り用のスパイス・ハーブブランド「VOXSPICE」を担当し、原料調達から販売までを管理している。企業からのリクエストに応えて製品開発も行うほか、料理教室&スパイスレッスンを毎月開催。海外出張が多く、多忙な日々だからこそ、自分時間を大切に考え、休日は10年以上続けている茶道で心を整えることを大切にしている。
――現在の業務では産地を訪れたり、国際イベントに参加したりと海外出張も多く、英語を使うやりとりが多いそうですね。グローバルな業種をめざすようになったきっかけはありますか?
末次:実は、学び始めた頃は英語が苦手だったんです。でも人と話すことが好きなので、より多くの人と話すためのツールとして、英語を使えるようになりたいと思い、高校生でカナダに短期留学をしました。そこで世界は広いということを改めて知り、もっと長く海外で過ごしてみたいと考えて、大学では英文学科を専攻し、アメリカのアラバマ州へ留学しました。
そのときに、日本の文化を海外の人にも伝えたいと思って、始めたのが茶道です。実際に、留学先で茶道体験イベントを企画したときは「初めて本物の抹茶の味を知った」と喜ばれて、うれしかったですね。その留学をきっかけに、海外とのやりとりが多い商社をめざすようになりました。
――では、商社のなかでもVOXに入社した理由を教えてください。
末次:大学4年生のときに、ひとり旅で5カ国ほど訪れたのですが、特にインドの食文化が興味深くて。インドの家庭ではスパイスを毎日ブレンドしていて、それぞれの“家庭の味”があるんです。スパイスが暮らしの重要な一部になっていることに驚きました。滞在中は毎日カレーを食べていましたね(笑)。そうした食文化の違いをおもしろいと思うと同時に、スパイスの世界の奥深さに惹かれていき、もっと知りたいという気持ちが芽生え、スパイスを扱う商社であるVOXへの入社を希望しました。
――VOXに入社されてから、スパイスの世界をさらに深く知ることができましたか?
末次:はい。もともと食べることが好きなので、スパイスを使って様々な味わいを生み出していくのはとても楽しいです。VOXの社内にはキッチンがあるのですが、そこで社員数人が集まって、スパイス料理を作って食べたりするなかで、次第にスパイスがより身近になっていきました。
でもどれだけ身近になっても、どこまで探究しても、まだまだ知らないスパイスがたくさん存在するほど奥深いのがスパイスの世界。日々、勉強しながら向き合っています。
――末次さんが担当されている「VOXSPICE」のインスタグラムでは、海外の産地やイベントなどの様子を発信されていますね。とても華やかな印象ですが、実際はいかがですか?
末次:いい意味でも悪い意味でも、私は“最前線”にいると思っています。すぐに産地や工場へ行って、状況を把握できるのはいいことなんですが、なにかトラブルがあったときも、すぐに現地へ駆けつけないといけません。そうした突発的な出張がなければ、収穫時期や展示会などのタイミングに合わせて、2〜3カ月に1回くらいの頻度で産地を訪れています。
先日(2025年5月)は、ハウス食品の開発研究所やジャワアグリテック、そしてVOXなどのハウス食品グループの皆で協力して作った「Salty Green Pepper(ソルティーグリーンペパー)」の産地でもあるインドネシアの工場を3カ所ほど訪問して、収穫から製造工程までを確認してきました。品質チェックに立ち会ったり、契約農家さんの収穫タイミングに合わせて現地を訪問し、スパイスの袋詰め作業など実際に身体を動かすこともありますよ。
――ハウス食品グループの皆さんで独自に開発したスパイスというものがあるのですね!
末次:はい、そうなんです。「Salty Green Pepper」はVOXとハウス食品グループとの共同開発で誕生したオリジナルスパイスで、熟す前の、緑色の胡椒を素早く加工して、サクサク食感に仕上げています。もとはインドネシアのホワイトペパーの産地から始めたプロジェクトなのですが、グリーンペパーはホワイトペパーよりも少ない工程ですぐに出荷できるため、農家さんの負担も少なくてサステナブルな取り組みとなっています。「Salty Green Pepper」は柑橘系の香りと爽やかな辛みが特徴で、黒胡椒と異なり、硬い芯がないので粒のまま食べられます。粒のまま噛むと口の中に広がる爽やかさはまるでフレッシュな胡椒を食べているかのような感じです。
――インスタグラムのインドネシア・レポート動画を拝見しました!工場のスタッフや原料調達チームの方々も登場していましたが、これまでの現地とのやりとりのなかで印象的だったことはありますか?
末次:日本の品質基準は、実はとても高いんです。その基準に、現地にも合わせてもらわなければならないのが、一番大変なところだと思います。欧米諸国に比べて購入量が少ない日本の(私たちの)リクエストを一方的に伝えるだけでは、応えてもらうのは難しいだろうな、と。なので、日々コミュニケーションをとり、信頼を積み上げていって「VOXの末次の頼みだからやろう」と言っていただける関係性を築けるように心がけています。
――現地との信頼を積み上げていくうえで、大切にしていることはありますか?
末次:相手の立場に立ち、想いに共感しつつ、状況を理解することです。私も現地訪問して初めて知ったのですが、スパイスの収穫は、現在も手積みで行われていて、「100kg収穫して、ようやく5kgの商品になる」といったように本当に大変な作業なんです。それでも現地では、品質の良いものを届けたいという想いで工夫しながら作業してくださっているんだということを、ぜひ日本のお客様にも伝えたいと思って、インスタグラムで発信したり、ワークショップを行ったりしています。
ワークショップでは、現地のスタッフに登壇していただくこともあります。お客様の反応が見えるとスタッフのモチベーションも上がりますし、現地の家庭でのスパイスの使い方などリアルな情報をお客様に届けることもできる、とてもいい機会になっていると思います。
――現地でのスパイスの使い方で、末次さんが「これはいい!」と思ったものはなんですか?
末次:カルダモンコーヒーなどのスパイスを使ったドリンクです。コーヒーをドリップする際に、カルダモンを2〜3かけ入れるだけなのですが、実際に現地で飲んだときは収穫したてだったこともあり、とってもおいしくて。スパイスの魅力を新しく発見した気持ちでした。
収穫したてのスパイスは本当に香りがいいので、できるだけフレッシュな香りの、高品質なものを日本へ届けたいと試行錯誤しています。そこでVOXでは、年間で使用量を細かく計算して、1年単位で発注し、常に新鮮なスパイスを販売できるように工夫しているんですよ。
――ハウス食品グループにはスパイスを取り扱う会社がいくつかありますが、VOXならではの特徴とはどういったところでしょうか?
末次:最大の特徴は、オーガニックのスパイス・ハーブを扱っていることです。VOXは世界各地の生産者と有機栽培契約や農薬管理を徹底した栽培契約を締結して、高品質なオーガニックスパイスを取りそろえています。私が担当している一般消費者向けのブランド「VOXSPICE」は、プロユースの品質でありながら日常使いができる価格に設定し、パッケージデザインにもこだわっています。キッチンに置くだけで華やかな雰囲気になって、使うたびにワクワクするような商品をめざしています。
――VOXでは、ひとりの社員がひとつの商品の調達から販売までを一元管理していると伺いました。そうした仕組みについて、末次さんはどう感じていますか?
末次:そうですね、担当している商品の知識が深くなる、というメリットがあると思います。そして一連の流れと状況を把握しやすいので、産地のことをわかったうえでお客様に営業できますし、お客様の希望を受け止めたうえで調達もできます。だからこそ、双方からの信頼を得やすい仕組みなのかなと思います。社内には、深い商品知識をもつコリアンダーマスターとか、カルダモン王子とか、様々な異名をもつスペシャリストがいるんですよ!
私は「VOXSPICE」全体を担当しているので、個々のスパイス・ハーブを担当している社員に比べて、仕事の幅は広いかもしれません。営業も、北海道から沖縄まで私が動きます。営業としての動きのほかにも、新規商品の開拓のために、毎年ドイツで行われる「BIOFACH(ビオファ)」というオーガニックに特化した展示会などにも参加したりしています。
――コリアンダーマスターやカルダモン王子!社内にスペシャリストがいるのは心強いですね!
末次:VOXの社員は、知識だけでなくスパイス愛も深い人が多いです。お客様から、スパイスについてかなりマニアックなことを質問されたときは、そのスペシャリストである社員と一緒に対応することもあります。困ったことがあっても、個々の専門知識で支えてもらえる環境はありがたいです。
そんなふうにVOXは“個”が強い会社なのですが、ここでの自分の役割は、スパイスを使っていただくお客様の視点を大切にすることだと思っています。ワークショップやインスタグラムでのレシピ提案などを通じて自分自身も学びながら、「スパイスをどう使うか」で自分の持ち味を出せたらうれしいです。
――先ほどお話にでました「BIOFACH」は、ドイツで行われたオーガニックに特化した展示会ということですが、展示会ではどういったことをされているのですか?
末次:メインは既存の取引先との商談です。今年のスパイスの生育状況、市況、品証についてディスカッションを行います。また、展示会には世界中からオーガニックを取り扱う企業が集まるので、各社の新商品がずらりと並びます。お客様から要望があった新規アイテムや、新商品のヒントとなるような市場調査を行っています。各サプライヤーと積極的にコミュニケーションを取り、お客様への商品提案に活かせないかを常に考えていますね。
――スパイスの多様な使い方の提案のひとつとして、シーズニングなども開発されたそうですね。
末次:そうなんです。スーパーマーケットやセレクトショップといったお客様とやりとりするなかで、「肉や魚だけじゃなくて野菜用のシーズニングはつくれる?」と相談を受けて、アボカドとオニオン、トマトの3種類のミックススパイスを開発しました。アボカドならワカモレ、オニオンならアチャールなど、混ぜるだけで手軽に野菜の香りとうまみを引き出した一品がつくれるんですよ。
ほかには、デザート感覚で食べられるハーブティーや、クラフトコーラやジンジャーエールのメイキングセットなどもお客様のリクエストに応えて開発しました。そうした提案力というところでも、お客様に頼っていただけるような存在になっていきたいと思っています。
――ワークショップのひとつとして、料理&スパイスレッスンを開催されているそうですね。どんなレッスンなのでしょうか?
末次:2時間構成で、前半1時間がVOX社員によるスパイスレッスン、後半が料理家・河井美歩先生による料理レッスンです。現在は月に1回くらいの頻度で開催しています。
前半では現地の写真を見ながらスパイスの生育や、スパイスのブレンド方法を学んだりするのですが、参加者の皆さんが熱心に話を聞いてくださるのがうれしいですね。また、「こういうふうに使っています」「こうした商品がほしい」というご意見が私の学びにもなっています。
――全国各地に営業に行き、世界各地の産地を訪れ、とても忙しい毎日だと思うのですが、それでもレッスンを企画し続けているところに情熱を感じます。このレッスンのやりがいはどんなところでしょう?
末次:参加者の皆さんから「もっとスパイスを使ってみたくなりました」と言っていただけると、とても励みになります。スパイスは少し使うだけでも、アクセントの利いた味になりますし、食材の味を引き出すことができます。使い方次第で料理の可能性が広がっていくので、その楽しみ方を伝えていきたいと思っています。
実はいま、農業・農村文化の向上をめざす、JAグループの出版・文化団体の「一般社団法人 家の光協会」で河井先生とコラボした書籍を制作中です。スパイスの産地や歴史についてはもちろん、スパイスレシピやスパイスの保存法なども詳しくご紹介する予定なので、ぜひお手に取ってみてくださいね。詳細が決まりましたら、ホームページやインスタグラムで改めてご案内します!
――インスタグラムやレッスンでのレシピを通して、実際に使いながらスパイスの魅力を深掘りし続ける末次さんですが、おすすめのスパイスを教えてください。
末次:一番のおすすめは、先ほどご紹介した「Salty Green Pepper」です。そのまま食べてもおいしいので、大葉と一緒にご飯に混ぜ込んでおにぎりにしたり、目玉焼きにパラッとかけたり、クラッカーにクリームチーズをのせて2〜3粒トッピングしたり。黒胡椒の代わりに使ってみてもいいと思います。「VOXSPICE」らしさというところでいうと、ホールのナツメグでしょうか。日本ではホールで販売されることはほとんどないので、珍しいと思います。おろし金で削って、ハンバーグとかミートローフとか、ひき肉料理に削りたてを加えてみてください。ぐんと風味がよくなりますよ!
あと、カルダモンも試していただきたいスパイスのひとつです。先ほどお話ししたカルダモンコーヒー以外にも、ミルクティーに入れてチャイっぽくするのがおいしいですよ。あ、社内のデスクにカルダモンを置いて、リフレッシュしたいときに香りを嗅いでいる社員もいます(笑)。そのくらい清涼感あふれるスッキリした香りのスパイスなんです。
――末次さんにとって“自分らしい仕事”とは、どのようなものですか?
末次:もともと人と関わるのが好きなので、スパイスを介して、たくさんの人に関われる今は、自分の得意なところや持ち味を活かして、自分らしく仕事ができていると思います。これからも出会いから刺激をたくさんいただいて、アイデアを生み出して、自分自身も成長していきたいです。
そのためには、VOXの社員である前に、私というひとりの人間として、お客様や現地の人々と信頼関係を築けるように、嘘をつかず、素直に、真面目に取り組んでいく姿勢は大事にしたいと思っています。あと、本当に困ったときには、強がらずに助けてもらうことも大切。プライドを捨てることもありますよ。実は、すごく泥臭く仕事をしているかもしれないです。
――これから挑戦したいことについて教えてください。
末次:海外には、まだ日本には入ってきていない食材がたくさんあるので、現地の方たちと一緒に「Salty Green Pepper」をつくりあげたように、今後も新商品開発に取り組んでいきたいです。
そして反対に、山椒など日本特有のスパイスを海外の小売店のスパイス棚に並べたいという夢もあります。ハウス食品グループではインドネシアでわさびを栽培し、1995年から輸出を開始していますし、日本のスパイス・ハーブの魅力も食文化とともに海外へ伝えていきたいですね。
――山椒やわさびなど日本のハーブ・スパイスの海外展開によって、まだまだマーケットが広がりそうなスパイス業界ですが、どんな人がこの業界に向いていると思いますか?
末次:とにかく最前線で、自分がまず動かなければならない立場に立つので、フットワークの軽い人が向いていると思います。自分でなにか新しいことを発見して、生み出していきたいという人には本当に楽しく仕事ができるはずです。社内の香辛料部の人たちを見ていると、いつも生き生きしているんですよね。スパイス愛にあふれている感じです。
――最後に、ご自身をスパイスにたとえるなら、なんですか?
末次:私は、クローブだと思っています。クローブって、実は花のつぼみなんですよ。だから、これから「咲くぞ」っていう、エネルギーを内に秘めているように感じていて。一見地味なスパイスですが、風味はパンチがあってクセが強くて。そういうところも似ているかも。個性的な社員ばかりのVOXでは、クセが強いくらいのほうがよさそうだなって思っています!
日本の文化を海外に紹介したいと茶道を始めた頃から、その目標に向けて歩を進めてきた末次さん。尊敬すべき先輩社員たちのなかでのびのびとチャレンジできる環境がありがたいと話していました。
食卓に彩を添える魅力的なスパイスを介して、世界中の食文化はさらに奥深く進化していくはず。ひたむきに成長を続ける“つぼみ”が大きな花を咲かせる未来は遠くないのかもしれません。
取材日:2025年9月
内容、所属等は取材時のものです
文:吉田けい
写真:中田浩資
編集:株式会社アーク・コミュニケーションズ
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