タマネギとニンニクを混ぜて炒めると、通常キツネ色のペーストになります。しかし、それが緑色になってしまう現象(緑変)が観察されました。この色素の生成にかかわる成分を見つけ、どうして緑色になるかを科学的に明らかにし、緑変を防止することに成功しました。
試作や製造の過程で起きる課題には、新しい食品の開発に繋がる知見や、有用な発見に繋がるヒントが隠れています。ここでは製造の過程で起きた変色の研究が、長い間見逃されていたタマネギの酵素の発見、そして涙の出ないタマネギの作出に結びついた例について紹介します。
タマネギとニンニクを混ぜて炒めると、通常キツネ色のペーストになります。しかし、それが緑色になってしまう現象(緑変)が観察されました。この色素の生成にかかわる成分を見つけ、どうして緑色になるかを科学的に明らかにし、緑変を防止することに成功しました。
緑変色素の生成にはアリイナーゼという、タマネギとニンニクの両方に含まれている酵素がかかわっています。この酵素をタマネギから調製すると、ニンニクから調製した場合に比べ、緑変色素の生成量が少なくなることに気付きました。理由を詳細に調べた結果、タマネギから調製した酵素には、アリイナーゼ以外に、もう一つの酵素が含まれていることを発見しました。タマネギを切ると目が痛くなり、涙が溢れて来ますが、発見した酵素は、アリイナーゼと共に、この催涙成分(催涙因子)ができるのに必要不可欠な酵素でした。
この酵素の発見は、催涙成分がどのようにして出来るかを明らかにしただけではなく、「涙は出ないが、タマネギの風味は強く、健康機能性も高い」という、夢のタマネギを作れる可能性を示した点でも高く評価され、2002年に世界的に権威あるイギリスの科学雑誌「Nature」に論文が掲載されました。また、この酵素の発見は、CNN、APやロイターなどの通信社を経由し、世界中に報道されました。
タマネギの催涙成分の生成に関わる2 つの酵素(アリイナーゼ、催涙因子合成酵素)に着目した選抜育種を進めた結果、酵素の働きが極めて弱く、催涙成分の生成が抑えられた全く新しいタマネギの作出に成功しました。この作出成功は、ウォールストリートジャーナルやワシントン・ポストなど海外メディアを含め、世界中に驚きをもって報道されました。
催涙成分はタマネギを生で食べた時の舌が焼けるような辛み成分でもあるので、涙の出ないタマネギは辛みがほとんどないタマネギでもあります。
2015年から、このタマネギを、スマイルボールと名付け、販売を開始しました。
私たちは、タマネギそのものの価値を高める研究だけでなく、タマネギの特徴でもある催涙成分(propanethial S-oxide)の活用方法にも着目し、その応用可能性について研究しています。タマネギの催涙成分は、タマネギが切られて細胞が破壊された際に生成し、揮発しやすいために空気中に拡散します。これが眼の表面に触れると刺激を感じ涙が出てしまうのです。我々は、催涙成分の生成に関わる基質と2種類の酵素(アリイナーゼと我々の見出した「催涙因子合成酵素」)の特性を研究することで、タマネギの催涙成分を、生成量をコントロールしつつどこでも簡便に調製できる『催涙成分生成キット』を開発しました。
タマネギの催涙成分は、角膜への刺激性と、高い揮発性という2つの特性を有しており、眼を傷つけることなく、一時的に刺激を与えることができます。この特性を利用し、大学との共同研究でドライアイの検査への応用に取り組んできました。近年、涙液中に様々な疾患関連バイオマーカーが含まれていることが明らかになってきていることに着目し、岩木健康増進プロジェクト(※1)に参画し、本キットを用いて延べ1300名以上の方々の涙液を回収しました。涙液中の成分を分析し、種々の健康検査項目との関連について調査・研究を進めています。将来的には、タマネギを切った時の刺激で出てくる「涙」で自身の健康を把握できる時代が訪れるかもしれません。
※1岩木健康増進プロジェクト
弘前大学が青森県弘前市岩木地区で2005年から実施している健康調査で、約2000項目という世界に例のない膨大な検査項目を設けることで、巨大な健康ビッグデータを記録しています。