口に入れた瞬間に広がる華やかな香りと、後からじんわり広がるスパイスの旨み。2023年8月、ハウス食品から満を持して約10年ぶりに発売された大箱ルウ製品『X-BLEND CURRY(クロスブレンドカレー)』は、独自の製法・技術によって、大人が求める“スパイス感”と子どもも一緒に楽しめる“食べやすさ”を両立した、新しいおうちカレーを実現しました。
その味づくりを中心となって手がけたのは、当時まだ入社2年目だった松山南さん。若くして大きなプロジェクトに挑んだ彼女に、新製品開発までの道のりについて伺います。
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松山 南(まつやま みなみ)
2021年ハウス食品入社。開発研究所に配属され、ルウカレー製品の研究・開発を担当。『香るごちそうカレーうどんの素』などを手がける。入社して1年目の終わりに『X-BLEND CURRY』(甘口・中辛・辛口)の開発担当に。若手ならではの新しい視点やアイデアで、研究・開発のみならず、新事業の立案なども積極的に行っている。プライベートではキックボクシングやキャンプ、サウナ、釣りなど多彩な趣味を持ち、自分で釣ったアジやイワシを調理するのも楽しみだそう。推しスパイスはクミンと山椒。
――松山さんは現在入社4年目ということですが、ハウス食品に入社するまでについて教えてください。
松山:学生時代は食品化学研究室に所属し、「おいしさ」の分子レベルでの解明をテーマに、味覚や嗅覚について研究していました。私は特に「辛味」の研究を専門としていたので、当時からスパイスや香辛料に触れる機会が多くありました。日本香辛料研究会の学会に参加した際、私たちの研究発表を聞いたハウス食品の社員さんが何人も熱心に質問してくださったんです。気さくに話しかけてくださる温かさと、研究者としてのアグレッシブさに惹かれて、ハウス食品への入社を志望しました。
――もともと食品開発の仕事を志していらしたのでしょうか?
松山:高校生のときから、将来は食品メーカーで商品開発に携わりたいと思っていて、大学は食品系の学部を選びました。母が料理上手だったこともあり、私自身も子どものころから食べることが大好きだったので、自然と自分でもおいしいものを作りたいと思うようになったんです。
――念願かなって食品開発の仕事に就いてみて、いかがですか?
松山:自分の想いを形にできる、とても魅力的な仕事だと感じています。試行錯誤を重ねて形にして、それが製品となってお客様に届くというプロセスがすごくおもしろいですね。わざわざお問い合わせ窓口を通じて、うれしい言葉を伝えてくださるお客様もいらっしゃって、そうしたお客様の声は開発部門でも欠かさずチェックをしています。
――松山さんが『X-BLEND CURRY』の開発を手がけることになった経緯を教えてください。
松山:2022年、入社2年目のときに、「これまでのハウス食品にはないカレーを作りたい」と企画部門から打診があり、新しい味づくりにチャレンジすることになりました。ハウス食品では約10年ぶりとなる大箱ルウ製品で、ハウス三大カレー『バーモントカレー』『ジャワカレー』『こくまろ』に続く新ブランドです。開発チームは自分を含めて6人で、私が初めて主担当として携わることになりました。
――めざしたのはどのような製品だったのでしょうか?
松山:めざしたのは、「スパイスが主役のおうちカレー」です。開発の背景には、コロナ禍で家で過ごす時間が増え、家庭でのスパイスの使用頻度が高まったことと、食の多様化でおうちカレーにもスパイス感を求める人が増えているという市場動向がありました。大人が食べたい「スパイス感・香り高さ」と、子どももおいしく食べられる「刺激やクセのなさ」を両立させる、家族の新しい選択肢となるカレーが、『X-BLEND CURRY』です。
――プロジェクトを進めるなかでさまざまな困難もあったと思いますが、苦労したのはどのような点でしょうか?
松山:まず企画段階でのコンセプトやターゲットの決定にかなり時間をかけました。そして社長や役員にプレゼンする社内の提案会も3度目でようやく通過したんです。
いちばん苦労したのは、スパイスの選定です。従来のハウス食品のカレーとは違う、新しいカレーを作るということが命題としてありましたので、そのためには「スパイスの香り高さ」の面で他の製品に絶対に負けないことが重要でした。本製品ではハウス史上、最多のスパイスを使用しています。スパイスはコーヒー豆と同様、産地や加工度合いで香りや味わいが異なるので、同じスパイスでも、どの産地のものをどのくらい焙煎するか、無限にある組み合わせをひとつひとつ検証して…。風味の設計図を描き、見える化しながら作業していくのですが、選定だけで7ヶ月、通常の3倍の時間をかけました。
加えて、選定したスパイスのブレンドも苦労した部分ですね。今回は「子どもも一緒に食べられる」ことがコンセプトのひとつだったので、辛くない、丸みのあるスパイス感を大切にしました。スパイス単体だと刺激やクセが突出して尖った印象になりがちなところ、多数をブレンドすることで穏やかにし、香り高くも調和のとれたブレンドに仕上げています。
――スパイスをふんだんに使うとなると、コスト面も課題になりそうですね。
松山:限られた予算内でイメージする味や香りを実現するのは難しかったですね。通常は、スパイスをたくさん使えばコストがかかりますし、製品も割高になってしまいます。そこで今回は、加熱や焙煎といった加工の部分に注力しました。スパイス個々のポテンシャルを最大限に引き出すことで、コストは抑えながら風味を構築しています。
――スパイスの「加工」もプロジェクト成功のひとつの鍵だったんですね。
松山:既存のスパイスを使うだけではどうしても香りが上がりきらないという課題がありましたので、原料調達部門の方々に加え、スパイスの加熱や焙煎を担う加工スパイスチームの皆さんとも連携して、香りを最大限に生かせる新しい加工スパイス原料を開発しました。加工技術や設備を持つグループ会社や他部署の方など、多くの方のご協力をいただきました。
――『X-BLEND CURRY』と、ハウスの他のルウ製品との違いを教えてください。
松山:いちばんは、やはりスパイスの「香り高さ」ですね。口に入れた瞬間、華やかに、立体的に広がる香りは、他のルウ製品にはないものだと思います。香りには、「鼻から感じる香り」と「口に入れた後、鼻に抜ける香り」の2種類が存在し、後者は「戻り香」といって、おいしさに大きく影響します。この「戻り香」が、他のカレー製品より圧倒的に強いのが『X-BLEND CURRY』の特徴です。
加えて、コクや旨みといった味わいの部分まで、スパイスで表現することにこだわりました。調味料で味を構築していくと、どうしても香りが覆い隠されてしまうんです。調味料の使用は最小限に抑えて、コクや旨みを想起させる香り、たとえばアニスやパプリカ、フェヌグリークなど、こうばしい焙煎香や甘い香りを持つスパイスや加工スパイスを活用しました。余韻の長さにもこだわって、「食べた後も香りが続き、もうひと口食べたくなる」という設計にしています。
――完成までに、どれくらいの試作を重ねたのでしょうか。
松山:原料の選定や風味検証も含め、試作は1年半で3000回以上にのぼります。クセはないけれど香り高い、究極のバランスを追求しました。スパイスだけでなく、カレーのベースとなる部分も抜本的に変更して、従来の調味料、油、小麦粉の配合から見直し、スパイスの香り立ちに適した構成にしています。
途中で何度か試食会も開き、お客様の生のお声を聞く機会を設けました。スパイスによっては薬のように感じられる香りもあるので、お客様が忌避感を抱かれないかという視点を大切にし、そのつど改善に生かしました。
――『X-BLEND CURRY』の味作りの際に、スパイスはどのように構成していくのでしょうか?
松山:欠かせないのはクミンとターメリック、コリアンダー、カルダモン、クローブで、この5種類は甘口・中辛・辛口すべてに使われています。クミンとターメリックは、すぐにカレーのイメージに結びつく香りと色合い。コリアンダーは柑橘のようなさわやかな香りがあります。カルダモンは、華やかさを与えるスパイス。クローブはベースに甘く広がるバニラのような香りで、味に奥行きをもたらします。
これらを土台に、他のスパイスを組み合わせていきます。中辛なら、ホワイトペパーや唐辛子を組み合わせ、さらに焙煎唐辛子を配合して、辛味だけではないこうばしさをプラスしました。味づくりでいうと甘口は難易度が高くて、お子さんに受け入れてもらえるよう辛さは抑えつつ、ちゃんとスパイス感を表現するのに苦心しました。唐辛子を極力使わず、ターメリックやコリアンダーでコクを出しています。
――商品名の「X(クロス)」には、どんな意味や想いが込められているのでしょうか?
松山:「X」には3つの意味が込められていて、1つ目は「華やかに香るスパイス」×「広がる旨み」。2つ目は「伝統」×「革新」、ハウスが培ってきたおうちカレーの伝統と、トレンドでもあるインド風スパイスの掛け合わせという意味です。3つ目は、「スパイス感」×「食べやすさ」、大人が満足する味わいでありながら、お子さんも一緒に楽しめる味、という意味です。あとは、さまざまな部署やグループ会社と連携しながら作り上げた製品ですので、そうした意味でもクロスという言葉が当てはまるのかなと思います。
ーーブルーのパッケージも印象的ですね。
松山:ブルーは深い海や宇宙のような広がりをイメージしていて、スパイスの複雑さや広がる旨みを表現しています。カレー製品でこの色合いのパッケージはめずらしいので、棚に並んだときに目立つのもポイントですね。
――2023年8月の甘口・中辛の発売から半年後、2024年2月には辛口も発売になりました。
松山:後発で発売された辛口は、少し雰囲気を変えるためにスパイスを組み替えたり、青唐辛子でさわやかな辛味を表現しました。つぶつぶの粗びき黒こしょうも入っているので、目でもスパイス感を味わえます。単調な辛さではなく、スパイスのブレンドで複雑な旨みと辛さを表現しました。
そして2024年5月に、日本記念日協会によって、「ク(9)」「ロ(6)」の語呂合わせで、9月6日が「X-BLEND CURRYの日」と認定・登録されました。大人からお子さんまで、多くの方に味わってもらえるとうれしいですね。
――開発研究に携わるなかで、もっとも達成感を感じる瞬間を教えてください。
松山:やはり、できあがった製品を手にしたときですね。やってよかった、形になったなという安堵感があり、開発の道のりでの苦労も吹き飛んでしまう瞬間です。『X-BLEND CURRY』は私が初めて主担当で手がけた大きな製品でしたので、店頭で並んでいるのを見たときは、とても感慨深く、喜びもひとしおでした。両親に報告したら、買って配ってくれたみたいで(笑)。友人が「食べたよ」「おいしかった」と声を聞かせてくれるのもうれしいですね。
――入社2年目で大きなプロジェクトに抜擢された松山さんですが、ハウス食品で働くうえで、魅力的だと思うのはどのようなところですか?
松山:入社前に感じていた人の温かさに加えて、若いうちからどんどんチャレンジさせてもらえる風土がある点でしょうか。特に私は、「新しいものを作り出したい」という欲求が強かったので、新規開発案件には「やりたいです!」と自分から手を挙げるようにしていました。今回の『X-BLEND CURRY』の開発では新しい製法や技術をたくさん取り入れているのですが、まだ経験が浅い私の思いつきを、すぐに否定するのではなく、まずはやってみて、どうしたら実現できるか考えてみようという姿勢で取り組ませてもらいました。よりよい製品を作るため、結果をいちばんに求めて開発に取り組めるのは、ありがたい環境ですね。
ーー日々お忙しいと思うのですが、プライベートの時間で心がけていることはありますか?
松山:ミーハーかもしれないのですが、キャンプやサウナ、釣り、キックボクシングなど趣味が多く、いろいろなことに興味があるので、休日もアクティブに出かけるようにしています。休日にリフレッシュできると平日もがんばろうと思えますし、経験を重ねるうち、思わぬことが仕事のヒントにつながる場合もあります。
『X-BLEND CURRY』の開発中は、スパイスの構成の研究がてら、様々なお店のカレーを食べ歩いたりもしました。1日に5店はしごしたときは、さすがにお腹がはち切れそうになりましたね(笑)。カレーに限らず、家ではちょっとした炒めものなどにも「このスパイスを入れてみたらおいしいかも?」と実験のように楽しんでいます。
――ハウス食品は若手研究者にとって働きやすい会社だと伺いましたが、成長を支援してくれる制度やプログラムは整っているのでしょうか?
松山:開発職ですと、「味嗅覚トレーニング」という基本の五味(甘味、塩味、酸味、苦味、うま味)をしっかり区別できるようになるようなプログラムや、「味づくりトレーニング」という基本的な調理工程を、「なぜこうするのか?」という調理科学的な視点で学ぶプログラムがあります。新入社員が全員受けるプログラムなので、味覚や料理にあまり自信がなくても、しっかり成長できるのが大きな魅力ですね。また、希望者が参加できるレストラン研修もあります。食材の組み合わせ方やプロの技術を間近で見て学べる機会で、私はフレンチレストランに1年間通いました。
――今後、どのような製品開発に携わっていきたいか教えてください。
松山:「料理」って、いちばん身近な成功体験だと思うんです。おいしいものが作れたらうれしいし、誰かに「おいしい」と言ってもらえると、些細なことですが自己肯定感が上がりますよね。テイクアウトや外食など食の選択肢が増えて、家庭で料理する人が減ってきている今の時代だからこそ、楽しんで料理していただける製品を、これからも生み出していきたいと思っています。
――最後に、製品開発の仕事をするうえで、松山さんが大切にしていることを教えてください。
松山:「遊び心を忘れない」ということが、個人的にはいちばん大切かなと思っています。特に開発職であれば、「これを加えたらどうなるかな」とか「おもしろそうだからこの方法を用いてみよう」とか、ちょっとした好奇心や遊び心をつねに持っていること。楽しんで取り組むことで新しいものが生まれる、ということを『X-BLEND CURRY』開発の経験からも、実感しています。
好奇心旺盛で、仕事にも趣味にも全力で取り組んでいる松山さん。
彼女の新しい物事への尽きない興味と、「おいしいものを作りたい」という子どものころからの情熱が、周囲も巻き込んで、『X-BLEND CURRY』というこれまでにない新製品を生み出しました。
彼女の姿勢は、同じ若手研究者やこれから開発職を目指す方々に大きな刺激になりそうです。
取材日:2024年10月
内容、所属等は取材時のものです
▶『X-BLEND CURRY』
文:山村奈央子
写真:片桐圭
編集:株式会社アーク・コミュニケーションズ