食物アレルギーについて、ハウス食品グループがお伝えしたいこと ひとつのお鍋で、家族をひとつに。

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赤城智美さんコラム

食物アレルギーについて、赤城さんご自身の経験をもとにさまざまなエピソードをご紹介します。

コラム Vol.22
キャベツをたくさん
食べました

給食の献立が「アレルゲンの除去」だけでは対応しきれない時、代替の弁当を子どもに持たせていました。ところが、入学当初から集団登校で一緒に歩く5、6年生に毎回弁当を取り上げられて、通学路の植え込みの中や高い塀の上から泥まみれの状態で弁当箱が見つかることが度々ありました。子どもは弁当を取り戻そうと走り回るうち喘息の発作を起こすことがあり、朝は保健室で呼吸を整えてから教室に行くようになりました。よくない循環を断ち切りたくて、当初は短期間の山村留学のつもりで2年生の夏休みから親子で田舎暮らしを始めました。転校した小学校は全校生徒が80人。同級生は17人しかいませんでした。学校での食物アレルギーの対応は、1ヶ月の献立予定表を見ながら、これは食べられるメニュー、これは代わりのものを持参する、この日は全部食べられないのでお弁当持参、という具合に色別にマーカーをひいて、担任の先生と本人と保護者が相互に確認できるようにしていました。

ある時、あらかじめ出されていた献立と全く違うものが出されたことがありました。溶き卵と野菜を混ぜ合わせてパンケーキのように焼いたものとスパゲッティと千切りキャベツ。確かそんな感じのメニューでした。「あれ!キャベツしか食べられるものがないよ」担任の先生は献立変更があったことをすっかり忘れていて、卵と乳と小麦が食べられない子どものことに給食の時間になってから気が付いたのです。「どうしたらいい?」と先生が頭を抱えていると、「私のキャベツを半分あげる」と誰かが言い、僕も私もと言われるままにしていると本人の顔よりも大きなボールにみんなからのおすそ分けのキャベツが山のように積み上がりました。「家庭科室からお酢と塩を借りてキャベツをワシワシ食べたんだ」と子どもは顔を輝かせて話してくれました。

「助けてくれたみんなはすごいね!」「みんなと同じものが食べられなくても、わかってくれる気持ちがあれば元気になれるね!」そんなことを親子でかみしめた出来事でした。

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